top of page

整体を始めたきっかけ

整体を始めたきっかけの一つに自分自身に辛い経験があったから。

実際にあったことを、ありのまま書いております。(長文です)

平成15年の秋、
その頃はまだ建設会社に勤めておりました。

大阪出張中の私は、大阪から和歌山方面に行くため、朝の通勤時間帯に近畿自動車道を運転していました。

いつも通り吹田から料金所を通過して本線を走行していた、その時です。

気分が急に悪くなり、回転性の眩暈というのでしょうか?景色がぐるぐると回り始めたのです。咄嗟に減速しました。すると、次は意識がなくなりそうに何度もなります。走行中、非常駐車帯はなかなか見つからず、高速車両が次から次へと走っていきます。カーブもありましたので、追突事故になるかもしれない恐怖と薄れゆく意識が交差していました。停車したら危険な道路、当然です本線は停車してもよい道路ではありません。通勤等の皆さんは、ノロノロと走る私の車を避けながら走行していました。その節はご迷惑をおかけしました。と、今のような余裕はなく、車を少し走らせては止まりを繰り返し、なんとか最初の出口(摂津南)まで辿り着く事ができました。自分はどうなるのか、不安と薄れゆく意識のなか会社の先輩に電話をして、その後、私の車を見つけて下さったのでした。私は安堵もありつつ、ただただ、ぐったりしました。


上司と先輩が私をすぐに病院に運んで下さいました。大阪の病院での診断結果は原因不明。不調で一週間ほど外出はできず、会社の寮で休んでいました。当時は、処方箋をもらって薬を飲んで症状を和らげていましたが、突然の強烈なめまいと、前触れもなく意識が遠くなってしまいます。しばらく通院していましたが、病院までの電車の道のりが恐怖でしかありません。電車の中で、眩暈が先か、意識が遠くなるのが先か、繰り返していました。途中何度も電車を降りましたけど・・・。

完治できず、しばらくして先輩が自車とともに私を居住地の広島に戻して下さいました。

 

この頃は生かされたのか?という感覚もありつつ、

人生が終わった感覚もありました。

それでも、生きている現実もあり・・・。
 

今思えば上司や先輩がいなかったら今の私はありません。
感謝しております。


広島に戻ったとはいえ、まともに仕事ができない日が続きます。漢方薬と鍼治療をするクリニックを紹介してもらって、しばらく漢方薬と鍼治療を受けることとなりました。時間と共に、治療を受ける事で日常の生活に戻りつつありました。

​ここまで整体の文字が全くありませんが、整体への道は、ここから始まったのだと思います。

​​つづき… 整体への道

bottom of page